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調剤中に電話が鳴る。疑義照会のために作業を中断する。患者さんから突然声をかけられる…そんな日常の中で、「マルチタスクが苦手」「自分は要領が悪い」と落ち込んでいませんか?
私も薬剤師として3〜4年経てば自然とスキルアップして、こうした業務もスムーズにこなせるようになると思っていました。しかし実際には、地頭は学生時代から変わらず、マルチタスクは依然として苦手なままでした。指示されたことを何度も指摘されたり、やりっぱなしで周囲からの信頼を失っていると感じる瞬間もありました。帰宅後も「あの患者さんの処方、本当に大丈夫だったかな」と不安で夜中に目が覚めることもありました。
こうした悩みを抱えている方は、決して少なくありません。実は、これはあなたの能力不足ではなく、人間の脳の構造的な問題なのです。組織心理学や行動科学の最新研究が、その仕組みと対処法を明らかにしています。
この記事では、割り込み業務で疲弊する脳のメカニズムと、科学的に実証された回復法を解説します。明日への活力を取り戻すための具体策を、ぜひ最後までご覧ください。
なぜ「割り込み業務」で脳がパンクするのか?
まず、なぜ複数の業務を同時にこなそうとすると脳が疲弊してしまうのか、そのメカニズムを理解しておきましょう。

人間の脳は「同時並行処理」ではなく「超高速の切り替え」をしている
私たちの脳は、同時に複数の複雑な認知的作業を処理(並行処理)するようには設計されていません。実際に行われている「マルチタスク」とは、脳内で「超高速のタスク切り替え」を繰り返している状態です。
行動調整理論(Action Regulation Theory)によれば、人間が目標に向けて行動をコントロールするプロセスにおいて、他者からの呼びかけや突発的な電話などの「業務の中断(割り込み)」は、それ自体が強力な職務ストレッサー(ストレス要因)となります。タスクの急な切り替えは、時間的切迫感や精神的デマンドを高め、処理効率を著しく低下させます。
つまり、「複数の仕事を同時にこなす能力」が低いのではなく、そもそも人間の脳は同時並行処理に向いていないということです。
「注意の残存」がミスを招く
ある薬の調剤(タスクA)をしている最中に、突然「別の処方箋の疑義照会(タスクB)」が入ったとします。このとき、脳の注意のスイッチを即座に100%切り替えることはできません。
脳の一部はタスクAに囚われたまま(注意の残存:Attention Residue)タスクBを処理するため、ミスが発生しやすくなります。私自身、調剤中に電話対応に追われ、戻ってきたときに「どこまでやったっけ?」と混乱し、ヒヤリとした経験が何度もあります。
この「注意の残存」を防ぐ鍵が、後述する「再開プラン(Ready-to-resume plan)」です。中断する瞬間に「今どこにいて、どこから再開するか」をメモするだけで、脳の処理効率が劇的に向上することが実験で実証されています。
役割の強制的な切り替えが脳を激しく疲弊させる
勤務時間中に私用のスマートフォンが鳴り、プライベートな連絡(家族からのメッセージなど)に対応せざるを得ない瞬間も、一瞬で「仕事のプロとしての役割」から「プライベートな役割」への移行コストが発生します。
この役割の往復は、クロスロール中断と呼ばれ、自覚以上に脳の認知的資源を激しく消耗させます。1日に何度もこうした切り替えを繰り返すことで、脳は慢性的な疲労状態に陥ります。
「今日も仕事が終わらなかった」が夜のメンタル不調を引き起こす仕組み
マルチタスクによる日中の焦りや未完了の仕事は、退勤後も私たちの頭を支配し続けます。ここでは、その負のスピルオーバー(波及)のメカニズムを解説します。

タスク未完了とフラストレーションの連鎖
割り込み業務やマルチタスクによって、その日に予定していた業務が予定通りに完了(タスク・アコンプリッシュメント)しないと、終業時に強い「欲求不満(フラストレーション)」が蓄積します。
感情出来事理論(Affective Events Theory)の視点から見ると、この未達成感は単なる「残念」という感情ではなく、翌日以降のモチベーション低下や自己効力感の喪失につながる深刻なストレス反応です。
ツァイガルニク効果で「未完了の仕事」が頭にこびりつく
人間の脳は「完了した仕事」よりも「未完了の仕事」を強く記憶に留める性質(ツァイガルニク効果)があります。このため、終わらなかった仕事が頭にこびりつき、余暇時間にもネガティブな思考をグルグルと繰り返す「感情的反芻(Affective Rumination)」や、明日の進め方を過度に心配する「問題解決の思索(Problem-solving pondering)」が引き起こされます。
私自身も、「あの患者さんの処方、本当に大丈夫だったかな」「明日までにあの業務を終わらせられるだろうか」と夜中に何度も考えてしまい、眠れなくなることがありました。こうした経験をされた方も少なくないのではないでしょうか。
この反芻思考が慢性化すると、睡眠の質が低下し、翌日のパフォーマンスがさらに落ちるという悪循環に陥ります。最終的には、バーンアウト(燃え尽き症候群)や深刻な健康障害につながる可能性があります。
「つながらない不安」=ワークプレイス・テレプレッシャー
勤務時間外にも「何か連絡が来ているのではないか」「すぐに返信しなければ」とスマホの通知を過剰に警戒する状態は、「ワークプレイス・テレプレッシャー(Workplace Telepressure)」と呼ばれます。
この状態が続くと、睡眠の質の低下、慢性的な認知・身体的疲労、感情枯渇(バーンアウト)の直接的な引き金となることが実証されています。「オフの時間なのに気が休まらない」と感じる方は、このテレプレッシャーに陥っている可能性があります。
テレプレッシャーのセルフチェック
以下の項目に当てはまる方は要注意です:
・休日でもスマホの通知音が気になる
・メールやチャットをすぐに返信しないと不安になる
・仕事用のデバイスを常に手元に置いている
・「オフライン」になることに罪悪感を感じる
日中の割り込み業務に負けない「脳の疲労を減らすアクションプラン」
ここからは、日常の業務フローに「科学的なアプローチ」を少し取り入れるだけで、割り込みによる脳の疲労とミスを大幅に減らす具体的な方法をご紹介します。
「再開プラン」で注意の残存を防ぐ
作業を中断しなければならない瞬間(例:調剤中に電話が鳴った、他職種から声をかけられた)には、「自分が今どのステップにいて、中断後にどこから再開するか」を紙のメモや付箋に1秒で書き留めてから、次のアクションに移ります。
実験研究により、この「再開プラン(Ready-to-resume plan)」を数秒で作るだけで、前のタスクへの「注意の残存」が劇的に減少し、割り込み業務の質も、再開後の作業効率も格段に向上することが実証されています。
再開プランの実践例
調剤中に電話が鳴ったとき:
1. 付箋に「〇〇さまの不足薬の対応」とメモ
2. 電話対応に移る
3. 電話終了後、付箋を見て「〇〇さまの不足薬の対応の続きをする」と即座に再開
このひと手間で、「どこまでやったっけ?」という混乱とミスを防げます。
「絶対集中ゾーン」を確保する
特に高い集中力と正確性が求められる重要な監査・確認作業の時間は、周囲のスタッフに「今から集中時間に入ります」とアナウンスし、スマートフォンの通知を一時的に完全にオフにするなど、シングルタスクに没頭できる「バッファ時間」を意識的に確保します。
この「絶対集中ゾーン(Interruption-free periods)」を設けることで、重要な業務でのミスを防ぐだけでなく、脳のエネルギー消費を抑え、終業時の疲労感を大幅に軽減できます。
1日のうち30分〜1時間でも「割り込みゼロの時間」を確保するだけで、その日の仕事の質が劇的に変わります。調剤監査や重要書類の作成など、ミスが許されない業務にこの時間を充ててみてください。
時間管理スキルで焦りとフラストレーションを緩和
時間管理スキルを向上させるための行動を習慣づけることは、突発的なタスク追加が発生した際でも、焦らずに業務スケジュールを自律的に再調整する認知的余力を生み出します。
具体的には、以下のような基本的な時間管理術が有効です:
・優先順位の明確化: 朝一番に「今日絶対にやるべきこと」を3つまでリストアップ
・バッファ時間の確保: スケジュールに余白を持たせ、突発的な業務に対応できる余裕を作る
・「ノー」と言う勇気: すべての依頼を引き受けず、自分のキャパシティを守る
これらは当たり前に聞こえるかもしれませんが、実践できている人は意外と少ないものです。まずは「今日の最重要タスク3つ」をメモすることから始めてみてください。
帰宅後に「仕事脳」を完全にオフにする科学的リカバリー技術
仕事のストレスを翌日に持ち越さないためには、精神的に仕事のスイッチを切る「サイコロジカル・ディタッチメント(心理的離脱)」が不可欠です。ここでは、科学的に実証された回復法をご紹介します。
「サイコロジカル・ディタッチメント(心理的離脱)」とは?
心理的離脱とは、仕事のスイッチを完全に「オフ」にし、仕事について考えない・仕事関連の行動をとらない状態を指します。
努力−回復モデル(Effort-Recovery Model)によれば、職務要求に対して注いだエネルギー(労力)は、終業後にその要求(仕事の刺激)から完全に解放されることで、精神生理システムが元のベースラインへと復帰し、正常化されます。しかし、夜間もスマートフォンでメールをチェックしたり仕事の心配をしたりすると、このベースライン復帰が阻害され、慢性的な疲労蓄積へとつながります。
大規模なメタ分析(合計38,124名)により、高いレベルの心理的離脱は、バーンアウトの低下、睡眠の質の向上、生活満足度の向上、疲労の軽減と強く相関していることが実証されています。
デタッチド・マインドフルネスで反芻思考を手放す
夜間に「あの患者様の処方は大丈夫だったか」「明日の業務は回るだろうか」という不安(トリガー思考)が浮かんできた際、それを無理に打ち消そう(抑圧)としたり、解決策を必死に考えたりする対処を行ってはいけません。
トリガー思考を「頭の中に浮かんだ、通り過ぎる雲や風に舞う木の葉」のような一過性の脳内イベントとしてただ客観的に観察し、「頭の中で何もしない(Do Nothing)」でやり過ごします。この認知的介入を避けるスキル(デタッチド・マインドフルネス)により、余暇時間の限られた精神的エネルギーの浪費を防ぎ、心理的離脱を達成しやすくなります。
デタッチド・マインドフルネスの実践ステップ
1. 不安や心配が浮かんできたことに気づく
2. 「ああ、また仕事のことを考えているな」と客観的に観察する
3. その思考を「雲が流れていくように」放置し、何もしない
4. 無理に打ち消そうとせず、自然に消えるのを待つ
最初は難しく感じるかもしれませんが、繰り返すうちに脳が「仕事モード」から離れやすくなります。
4つの「境界管理戦術」で仕事とプライベートを明確に分ける
特に自宅周辺に仕事の気配が残りやすい人や、シフト外に連絡が届きやすい環境では、以下の4つのセグメンテーション(公私の分断)戦術が有効です。

1. 物理的戦術(Physical): 仕事用のノートPCやデバイス、関連書類を、終業後は引き出しやクローゼットの奥に「物理的にしまい」、視覚的リマインダーを遮断する。
2. 技術的戦術(Technological): プライベートの時間帯には、仕事関連の連絡ツール(SlackやTeamsなど)のプッシュ通知を完全にオフ(Deactivate)にする、または仕事用スマホの電源を切る。
3. 時間的戦術(Temporal): 「19時以降は緊急時を除き一切業務関連の作業や思考を行わない」とあらかじめ時間的枠組みを固定する。
4. コミュニケーション的戦術(Communicative): 上司や同僚、関係者に対して、勤務時間外は対応が難しい旨を明確に表明し、合意を形成しておく。
在宅勤務やシフト制で働く薬剤師の方は、仕事とプライベートの境界が曖昧になりがちです。この4つの戦術を組み合わせることで、「オフの時間」を守りやすくなります。
短時間マインドフルネス介入で睡眠の質を改善
3分間の呼吸空間法(Three-minute breathing space)といった、短時間で実生活に取り入れやすいオンラインのマインドフルネス自己訓練プログラムは、自律神経を整え、余暇時間の睡眠の質(Sleep Quality)および睡眠時間(Sleep Duration)を有意に改善・向上させることがランダム化比較試験(RCT)で実証されています。
スマホアプリや無料のYouTube動画でも多数提供されていますので、まずは寝る前の3分間だけ試してみるのも一つの方法です。
回復のパラドックスへの留意
大規模なメタ分析(合計38,124名)によると、心理的離脱は不眠解消やバーンアウト防止に極めて効果的ですが、一方で「仕事を完全にシャットアウトしすぎる」と、翌日の「創造性(ひらめき)」や「同僚への自発的援助(向社会的な行動)」がわずかに低下する現象も確認されています。
そのため、クリエイティブな課題解決が必要な時期には、完全な離脱(思考の遮断)だけでなく、仕事とは直接関係のない趣味で達成感を得る「マスタリー体験」を取り入れるなど、回復アプローチを多角的に組み合わせることが推奨されます。
完全に仕事を遮断することが常に最善とは限りません。自分の状態や仕事の性質に合わせて、柔軟に回復法を調整してください。
それでも改善しないなら、環境を変えることも選択肢の一つ
ここまでご紹介した対策を試しても、依然として「割り込み業務が多すぎる」「慢性的に人手不足で余裕がない」「職場の理解が得られない」という状況が続く場合、環境そのものを変えることも選択肢の一つです。
転職は決して「逃げ」ではありません。自分の心身を守り、より自分に合った働き方を見つけるための前向きな選択です。特に、以下のような兆候がある場合は、転職を検討する時期かもしれません。
・慢性的な不眠や体調不良が続いている
・仕事に行くのが辛く、朝起きるのが苦痛
・周囲に相談しても状況が改善しない
・自分の価値観や働き方と職場の方針が合わない
薬剤師は幸い、需要が高く、さまざまな働き方の選択肢があります。調剤薬局から病院、ドラッグストア、企業、在宅医療など、自分に合った環境を探すことができます。
まとめ:「マルチタスクが苦手」は脳の構造的な問題。科学的対処で明日への活力を取り戻そう
この記事では、「マルチタスクが苦手」「割り込み業務で疲弊する」という悩みが、決してあなたの能力不足ではなく、人間の脳の構造的な問題であることを解説しました。
重要なポイントをおさらいします:
・人間の脳は同時並行処理ではなく「超高速の切り替え」をしているため、割り込み業務で疲弊するのは当然
・「注意の残存」がミスを招くため、「再開プラン」でタスクの切り替えコストを減らす
・未完了のタスクは「ツァイガルニク効果」で頭にこびりつき、夜の反芻思考を引き起こす
・帰宅後の「心理的離脱」が脳のエネルギー回復に不可欠
・デタッチド・マインドフルネスや境界管理戦術で、仕事のスイッチを意識的にオフにする
私自身、こうした科学的な知識を知ってから、「自分は要領が悪いんだ」という自己否定から少しずつ解放されました。今でもマルチタスクは得意ではありませんが、「脳の仕組み上、これは当たり前のこと」と理解できたことで、自分を責めることが減りました。
あなたも一人で抱え込まず、まずはこの記事で紹介した対策の中から、できそうなものを一つだけ試してみてください。「再開プランをメモする」「19時以降はスマホの通知をオフにする」といった小さな一歩が、明日への活力を取り戻すきっかけになるかもしれません。
そして、どうしても環境が改善しない場合は、転職という選択肢も視野に入れてみてください。あなたの心身の健康が何より大切です。
参考文献
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・Wendsche, J., & Lohmann-Haislah, A. (2017). A Meta-Analysis on Antecedents and Outcomes of Detachment from Work. 『Frontiers in Psychology』, 7, 2072.
・Leroy, S., & Glomb, T. M. (2018). Tasks interrupted: How anticipating time pressure on resumption of an interrupted task causes attention residue and low performance on interrupting tasks and how a “ready-to-resume” plan mitigates the effects. 『Organization Science』, 29(3), 380–397.
・Hülsheger, U. R., Feinholdt, A., & Nübold, A. (2015). A low-dose mindfulness intervention and recovery from work: Effects on psychological detachment, sleep quality, and sleep duration. 『Journal of Occupational and Organizational Psychology』, 88, 464–489.
・Barber, L. K., & Santuzzi, A. M. (2015). Please respond ASAP: Workplace telepressure and employee recovery. 『Journal of Occupational Health Psychology』, 20(2), 172-189.






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